はじめに
菅生沼にはタチスミレを含む絶滅危惧植物が生育しています。これらの植物の保全を図るため、菅生沼では毎年野焼きが実施されています。この記事では、菅生沼のタチスミレと、その保護に重要な役割を果たす野焼きについて紹介します。
菅生沼
菅生沼は茨城県坂東市と常総市の境界にあり、南北約5キロメートル、東西の幅は約200~500メートルの細長い沼です。
菅生沼の自然
菅生沼は茨城県条例により自然環境保全地域に指定されています。沼に生息する魚類や飛来する鳥類、そして岸辺で見かける昆虫や野草の種類がきわめて豊富であることがその理由です。この自然豊かな場所に、タチスミレを含む絶滅危惧植物が自生しています。
タチスミレ
タチスミレ(学名:Viola raddeana)は、スミレ科に属する多年草で、環境省のレッドリストで絶滅危惧II類(VU)に分類されている希少な植物です。

タチスミレの特徴
- 分布域:関東地方の一部(栃木県、群馬県、茨城県)と九州の一部(大分県、鹿児島県、宮崎県)のみに点々と分布します。
- 生育環境:河川、湖沼のヨシ原などの湿った草地を好みます。
- 大きさ:茎は直立し、草丈が高く50cm~100cmに達することもあります。
- 葉の形状:披針形で細長く、長さは4~8cm程度です。
- 花の特徴:花期は5~6月で、長い花柄に白色またはわずかに紫色を帯びた花を付けます。花の大きさは直径約1cmと小さいです。
- 托葉:大きく、葉のように見えます。長さは2~5cm程度です。
タチスミレの名前の由来
「タチスミレ(立菫)」という名前は、多くのスミレが地面に近い場所で花を咲かせるのに対し、この種は茎が直立し、すっと立ち上がって花を咲かせることに由来します。ヨシなどの背の高い植物と共生する湿地環境に適応した結果、他の植物と光を奪い合わないよう、草丈が高い形態に進化したと考えられます。
野焼き
新芽が出る前に枯草を焼く「野焼き」は、全国各地で古くから行われてきた伝統的な土地管理手法です。川原などのヨシを焼く「葦焼き」も野焼きの一種です。

菅生沼の野焼き
菅生沼周辺でも、かつては葦簀(よしず)や簾(すだれ)の材料、屋根の茅葺き材としてヨシを利用するため、定期的に野焼きが行われていました。
しかし、生活様式の変化により、ヨシを利用する機会が減少し、野焼きもほとんど行われなくなりました。その結果、秋に枯れたヨシが湿地に厚く積み重なり、多いところでは50cmほどにも達するようになりました。
そして、小型の植物は光を得られず、発芽や成長が阻害されるようになりました。これが、タチスミレの個体数減少の一因となっていました。
そこで、タチスミレの個体数増加を主な目的として、2003年から菅生沼で再び野焼きが導入されたという歴史的背景があります。
野焼きによるメリット
野焼きは一見、植物を傷つけてしまうように思えますが、実はタチスミレをはじめとする絶滅危惧植物の保全に非常に効果的です。野焼きを行うことで生物多様性の高い質のよい草原になることが分かっています。
1. 光環境の改善
問題点:枯れた植物が厚く堆積すると、地表に光が届かなくなります。タチスミレのような小型の植物は、発芽や成長に必要な光を得ることができません。
野焼きの効果:枯草を焼くことで地表面が開放され、春先の貴重な日光が地面まで届くようになります。これにより、タチスミレの種子は発芽しやすくなり、若い芽も順調に成長できます。
2. 地温の上昇
野焼きの効果:野焼きで熱が発生するだけでなく、焼けた跡が黒くなり、直射日光が当たると地温が上がります。そうすると、微生物が活性化して大気中の窒素を固定し、植物が利用しやすい窒素分が増え、植物が順調に成長できます。
3. 競合植物の抑制
問題点:管理が放棄された湿地では、蔓性植物などが繁茂し、他の植物が生育する余地がありません。
野焼きの効果:地上部の枯草を焼き払うことで、一時的に植生がリセットされます。これにより、タチスミレのような小型の植物も春先に成長を開始し、他の植物が大きく茂る前に光合成を行い、十分な栄養を蓄えることができます。
4. 栄養循環の促進
野焼きの効果:枯草が燃えることで生じる灰は、窒素やリンなどの栄養分を多く含みます。これらが土壌に還元されることで、植物の成長に必要な栄養が供給されます。
5. 病害虫の抑制
野焼きの効果:野焼きによって、植物に寄生する病原菌や害虫の多くが除去されます。これにより、植物が健全に成長できる環境が整います。
野焼きの実績
菅生沼では、野焼きを継続的に実施してきた結果、タチスミレの個体数が劇的に回復しました。発見当時はわずかしかなかったタチスミレが、現在では大幅に増加し、菅生沼は日本最大のタチスミレ自生地となっています。この成功事例は、人の手による適切な管理が、自然環境の保護にいかに重要かを示しています。
野焼きイベントと参加方法
2026年1月12日(月・祝)に野焼きイベント「野焼きがタチスミレを救う」が開催されます。このイベントでは、参加者が草刈りをして防火帯を作り、職員や専門家による火入れを行います。野焼きの炎が鎮火した後は、野焼きの意義について専門家からのレクチャーを受けることができます。
参加方法
参加を希望される方は、以下のサイトからお申込みできます。締め切りは2026年1月2日23:59となっています。興味のある方は参加されてはいかがでしょうか。

まとめ
菅生沼のタチスミレ群落は、適切な人の手による管理があってこそ守られる生態系です。野焼きという伝統的な手法が、現代において絶滅危惧種の保護に有効であることが、この取り組みで証明されています。
かつて日本各地に広がっていたヨシ原や湿原の多くは失われましたが、菅生沼では多くの人々の努力によって、タチスミレをはじめとする貴重な植物たちが再び息を吹き返しています。この成功は、自然保護とは単に「人が手を出さないこと」ではなく、「自然と人が協力すること」であると教えてくれます。

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